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「つうしん」No.19

津山二葉園裁判報告

     被告、暴力や強制労働を全面否認
     
     次回裁判は4月19日(木)13:30
     岡山地裁・202号法廷

  最後の山場です。皆さま傍聴をよろしくお願いいたします。

弁護士 川崎政宏

 2月28日(水)に被告水島徳丈の本人尋問が4時間にわたってありました。当初、反対尋問まで予定していたのですが、被告側の主尋問に時間を要するということで、28日は主尋問のみとなりました。次回は反対尋問となります。

 予想していたとおり、暴力や労働強制の事実は否定していましたが、入所してくる子どもたちへの施設側の冷たいまなざしや、パン屋は家業みたいなものなので、子どもたちは遊びに立ち寄っていたという言葉などから、被告が私企業(パン屋)経営と児童養護施設運営を公私混同しつつ、子どもたちを搾取していたことがよく伝わってきました。

 次回4月19日(水)午後1:30から反対尋問です。皆様の支援をお願いいたします。

 被告水島徳丈(津山二葉園元指導員。勤務期間は、S57年4月からH14年5月)の本人尋問報告
Q施設の指導員として最も難しかったことは何か。その対応は
A 非行や問題行動(万引き、盗み、性暴力)を起こす児童の対応。

 7割が問題行動児だった。4〜5週間の観察期間中はほっておき、その子の意志に任せておいた。H3年頃から、中学生以上は男女別にホールに集めて集団で話し合いをさせるようにした。その方が結論が出やすくなるから。自分は席を外して後で結論を聞いた。他の職員も立会った。問題児については職員会議やケース会議で話し合っていた。原告たちの名前はケース会議に出ていた。園の指導は基本的によかったと思っている。

Q問題行動児について学校との連携は
A教頭、学年主任、生徒指導の先生と蜜に話し合いをやっていた。

Q原告たちの証言によると、日常的に殴られたり、投げ飛ばされたり、竹刀で叩かれたとあるが、そういうことをしたのか
Aない。

Q原告Mさんが茶髪にしたということで、みんなの前で四つんばいにさせて、お尻を竹刀で何十回も叩いたか
Aしていない。

Q女子中学生のMさんを剣道の練習中に、面の上から何十回も叩いて、顔が紫に膨れ上がったので学校を何ヶ月か休ませたと複数の原告が話しているが、実際にやったのか
Aない。

Q脱走した男子を全裸にしてパンパースをはかせ、手を縛って押入れに閉じ込めたことがあったか Aない。

Q体罰についてはどうか
A県の指導どおりにやっていた。子どものけんかで命にかかわるときは、平手で少し叩いた。でも拳骨はしていない。平成12年以降は手をあげていない。

Qテープ(ホールに全員集められ、児童をしかっている時の録音テープ)の中にバンバン何かを叩く音が入っているが、竹刀でたたいたのか
Aいや、竹刀ではない。その辺に落ちていた棒切れで、威嚇のために机か床を叩いたのだと思う。
Qボランティアなどの出入りについて
A英語、数学の勉強ボランティアが来ていた。大学の保育実習生が年間通しで入っていた。一人1、2週間。多い時は5,6人。

Q集団登校をさせていたのか
Aさせていない。登校困難な子、一人に対して頼んでやったことがある。

Q部活はさせていなかったのか
A本人の希望があればさせていたし、部活動の実績があった子にはさせていた。

QRHコーポレーションについて
AH 元年3月、卒園生の就労場所として設立し、法人ではなく個人でやり、自分が代表になった。当時、スーパーファミコンやゲームがはやり、園児たちが欲しがってアルバイトをしたいと言ったので、袋作りをやらせた。大阪から卒園生が受注してやった。外注して老人福祉施設や身体障害者施設にも出していた。

Q労働時間は
A一日1時間。平日は夕食後風呂に入ってから、9時遅くとも10時まで。土、日、祝日は昼または夜。深夜までさせたことはない。

Q袋作りの管理は誰がやったのか
A最年長のH(H5年退園)がやった。その後N兄弟、原告Y.。

Qノルマの指示をHにしたのか
A,していない。いつ頃できるかと聞いて事はある。ノルマはなかった。納期がなかったから(傍聴席や被告代理人からも、思わず失笑)

Q普通、仕事には納期があるのになかったのか(も一度念を押す)
A納期はなかった。出来上がったものだけを納めた。

Q労働を強制したのか、小学生も働かせていたのか
A強制していない。ゲームの欲しくない子は参加していない。Hにも伝わっていたはず。小学生も隠れて手伝わせていたのかも知れない。自分は知らない。

Q紙袋作りの会計資料は残っているのか、紙袋作りの業者名は
A税理士が亡くなり、廃業された。資料の確認しようがない。大阪寝屋川のふみおか美術。ここも廃業して今はない。

Q子どもたちにお金は渡していたのか
Aお正月前に手渡していた。H5年頃、県から口座に振り込みなさいという指導が口頭であり、個人の口座に振り込んだ。通帳は職員が管理していた。その後H6年頃に子どもたちから旅行がしたいという希望があり、デズニーランド等へ行くようになった。

Q県から指導や視察が来た時に、作業を隠したりしていたのか
A隠していない。(子どもたちが働くことの)効果があったから、毎年県には内職の事実を報告していた。

Qパン作りについて
AH6年11月、警察署前の交差点にオープン。H12年4月からは敷地内へ移転。

 従業員は職安を経て募集。正規従業員の製造業が3,4人。パート、アルバイトが4,5人。初代店長は卒園生のN.。園児は働かせていない。原告Y、T、元在園生のKが学校へ行く前に働いたり、警察へ配達したりしていた。本人の自主的なもので、勝手にやっていた。タイムカードを打つように言ったが断った。理由はわからない。女の子が働いていたのでストレス解消にもなるし、警察の人から褒められていたので、嬉しかったから働いていたのだろう。会計等の書類は移転する時に処分した。
Q原告Mが児相へ出した手紙について
A手紙を出していることは知っていたが、内容までは知らなかった。児相から手紙についての確認はなかった。不利益なことはしていない。嘘ばかりついていた。原告Mを怒らせると投書が行くので、基本的にはおだてようと職員会議で話し合った。

Q女子児童を週末、敷地内にある指導員の両親の自宅に通わせ、家政婦代わりに働かせたことがあるか Aない。

裁判後の報告集会の感想や意見

 清水弁護士「当初の予想通り全面的に事実否認。いくつも矛盾点が出てきているので、次回追及したい」

 川崎弁護士「施設運営で一番難しかったことが問題行動児への対応と言っていたが、そこは視点がずれている。パン屋か施設の指導員か公私混同している。棒切れでバンバン叩き威嚇すること自体が暴力行為だ」

 和泉「実習生が年間通して入っていると言っていたが、大学関係者から、二葉園には問題があって、行かせないことにしていると聞いた。集団登下校はさせていないと言っていたが決まりだった。」 元児相職員「園児が脱走しても県に報告しない施設だった。警察から連絡が入って県は初めて逃げた児童がいるということを知らされていた。部活はさせないと被告から直接聞いたことがあるし、学校ともやり取りをしたことがある。 原告Mさんの手紙を読んで、児相のTさんが泊まりこみに行ったこともある。内職は県からお墨付きをもらってやっていたのかどうか調べる必要がありますね」 投げ飛ばされて額に傷が残っている元女子在園生「嘘ばかりつくから気分が悪くなって、途中で退席した」

 原告たち「嘘つくなと子どもに言っていた人が嘘ついている。嘘つきはお仕置きされるよ」「被告は施設の指導員と言うよりも、工場の現場監督だった」「余裕を持て原告を観察した。自分が悪いことをしたという意識が全くないんだなあと思った」

傍聴感想    高山浩二

 ある程度予想はできていた。しかし、予想はできていたとしても苛立つ被告の証言だった。誰かが言っていた。「一緒に暮らしていた子供を悪人とでしか見ていない…」被告 水島徳丈。僕が在園中に彼が言っていた言葉がある。「幼児はドル箱だ」当時は意味がわからなかったが、今となっては《非常に彼らしい》言葉だ。今回の裁判では、味方であるはずの被告代理人も時折、苛つくような場面も何度かあり、やはり嘘の証言であることが明白だった。嘘を嘘で固めるのには限界があり、次回の反対尋問がとても楽しみだ。途中の食事休憩では、今回の裁判に初参加してくれた僕の友達が、自己紹介を兼ねて僕のことを話してくれた。「今だに夢でうなされて『恐い』と言ったり、泣いたりしている」僕自身も知りえない話だった。夢の記憶は断片的に覚えている時もあるが、泣いたりしているとは初めて知った。その友達とは一緒に生活している。この事件の新聞報道を知らせてくれた人でもあり、この裁判で原告になることをためらっていた僕を原告になるように諭してくれた人でもある。 また、次回の裁判にも参加してくれるみたいで、彼も「楽しみ」にしている。前回も書いたように、今の僕にはためらいがない。被告や被告代理人が睨んできても、鼻で笑い返す余裕がある。次回の裁判が本当に楽しみだ。反対尋問で頭を抱え込む被告が目に浮かぶ。また沢山の方の傍聴を期待しています。是非、傍聴席で慌てまくる被告を一緒にみましょう。

被告への主尋問を傍聴して

 水島被告への尋問の日。勤務を振り替え、朝から裁判所へ。昨年、この裁判を取材して特集記事を書いてくださった朝日新聞の川名さんも、前夜から岡山入りして裁判を1日傍聴してくださることに・・・。ありがたい。

 裁判開始直後、被告の弁護人が主尋問の時間を延長したいと願い出た。いったい何を企んでいるんだろう。イヤな予感。

 水島氏は冒頭で「虚偽の証言はしない」と誓った。しかし、証言は明らかな嘘を平気で並べた。初めは心の中で「うそ〜」と叫んでいた私も、ついにたまりかねて「え〜っ?」「ふ〜っ!」と声をもらしてしまう。被告席の大きな背中に、「嘘つくな!」と”気”を飛ばす。原告たちの表情をうかがうと、仲間と目を見交わしたり、余裕をもって笑っている。よかった。

 お昼休み、隣の弁護士会館に移動して、お弁当を食べながら和やかに交流。つながり合うことで原告の若者たちがどんどん元気になっているのを感じる。彼らの発言や表情に、私も勇気づけられる。尊厳の回復と連帯は、裁判の過程で生まれるエンパワメントだ。今まで原告を支え続けてくださった和泉さんや3人の弁護士さんたちのご尽力に、心から感謝したい。

 さて、原告たちが「楽しみだ」と言っていた午後の尋問は、一人ひとりの原告が、在園時どんな状況であったかを、水島氏の記憶や当時の記録に即して語らせるという卑劣なやり方に終始した。原告たちがいかに「嘘つき」「問題児」「ありもしないことをでっち上げたり演じたりする人格」であったかを、長時間かけてクドクドと語り、演出した。それらは、在園記録の公開も含め、原告たちに「二次被害」をもたらすような「誹謗中傷」であり、聞くに堪えない「悪言罵倒」の数々だった。

 できるものなら傍聴席から「異議あり(objection)!」「もうやめなさい」と制止したかった。立ち上がって法廷を出て行きたかった。延々と「わが子」を否定し、貶めようとする水島氏の証言は、彼自身がどんなにひどい「育て親」だったかを露呈させたと思う。子どもたちに惜しみない愛を注ぎ、教え諭し、自立を促し、社会へと送り出していく立場の人間が、こんな冷たい眼でしか子どもたちを見ていなかったのだ。施設で何が起きていたか、推して知るべし。原告たちの気持ちを思うと、悔しくて、悲しくて涙があふれた。

 帰宅してもしばらく怒りがおさまらず、最近観た『かもめ食堂』の影響からか、「真夜中、わら人形にクギを打つ図」を思い描いた。被告と弁護士のわら人形だ。いくら法廷技術とはいえ、午後の尋問をいったい誰が組み立てたのか。裁判だけでなく、人間としての崇高さにおいて、被告とその弁護人は、既に原告たちに負けている。

4月19日、反対尋問を楽しみにまいります。きっときっとカタキを討って、原告たちの正義と尊厳を取り戻したい。                       (市場 恵子)

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